The Iraq Study Group Report: Authorized Edition
The Iraq Study Group Report: Authorized Edition James Addison Baker Lee H. Hamilton Lawrence S. Eagleburger

Vintage Books 2006-12-28
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star平易な英語と至難の戦争

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このレポートが出たのが昨年12月6日。1ヶ月おいて、今日ついにブッシュ政権の新方針が発表される。そっちを見る前に、感想を書くことでちょっとおさらいしてみた。なにせ、新方針はこれに対する回答であるのだから。
おそらくこのレポートは歴史の一ページになるだろう。 研究グループが分析したこと、警告したこと、助言したことが、どういう意味を持つのか、このレポートの提言に対立していると予想される新方針がどういう成果を生むのか、研究グループが撤退が可能かもしれないといっている来年の3月まで目が離せない。(2007/1/11 by Peace Words Project


無料で読める
レポートは書店で本になって売っているが、私が手にしたのはアメリカの超党派の国家機関である『USIP(United States Institute of Peace )』が出しているネット版で無料。本文と要約をあわせてA4にして55ページ。付録や表紙をあわせると84ページ。もちろん完全版である。9ポイントぐらいの字の大きさなのでこれぐらいに収まるが、書店に売っているものは100ページを裕に超える。
ネット版は最初の2週間で150万回以上ダウンロードされたそうだ。書籍版も異例の売れ行きとあって、両方をあわせればハリーポッターといい勝負かもしれない。どっちがいいかというと、やっぱり無料でしょう。安いに越したことはない。けれども、書籍版の決定版(Authorized Edition)の方には地図などが付いているらしく、これはオリジナルにはない配慮だ。ジュンク堂で座り読みすべし(結局買わないおいら)。

なお、USIPは、イラク情勢の分析や紛争を抑制するための具体的な提言を2004年のはじめから行っている。そのための予算として、2003年度に$1,000万を議会を通して、翌年には$285万5千を国務省から割り当てられている。また、研究成果の一部はネット上で公開されている。今回の研究レポート作成においては、このUSIPが実際のところ主導的役割をしているようだ。日ごろの積み上げが研究レポートを作成するために活かされていると言ってよいだろう。
http://www.usip.org/isg/
http://www.usip.org/iraq/index.html

構成はこんなかんじである。
第1部が分析、第2部が具体的方針の2部構成。
第1部は、現状、さらに悪化した場合の予想、考えられる4つの政策の比較の3つのパートに分かれている。
第2部は、周辺諸国や世界各国に対するアプローチ、イラク国内でのアプローチの2つのパートに別れている。 以下、感想。


治安が全て
読み始めてすぐに、頭の中が整理されていくような気がした。アノコトとソノコトがつながったとか、ソノコトとコノコトの間を埋めてくれたとか、やっぱりそうなのかと再認識させられたり…。とにかくいまのイラクを知る上で基礎的なことを網羅しているようで、「これはすごいぞ!」と思って意気揚々となった。しかし、ページをめくっていくうちに気づいた。たしかによく書かれているが、ほとんどは治安に関することである。政権内部の抗争についてとか、シリアやイランとの関係が中心。例えば、少しばかりページをさいて経済分野を章立てしているけれども、治安に言及せずにはいられないらしい。医療や家計については皆無に等しい。
このレポートは、イラクの全てを語ろうとはしていない。私のようにあれもこれも語っているのではと期待していた者にとっては肩透かしを食らったような感がある。
一方で、治安をどうするかが全てにおいて優先されることで、この問題に解決を見出せないでは全てがダメになるということがひしひしと伝わってくる。期せずして、暴力をコントロールすることが我々の日常においてどれだけ重要かを思い知らせてくれる。


国民よりまず国家 
レポートで語られる経済はマクロ的なものである。家計に与えるインパクトはまったく言及されていない。P21では、そのことが如実に現われている。

  • IMF主導のマクロ経済政策として補助金を大幅カットした結果、石油1リッターあたりの価格が1.7セントから23セントに急上昇したことを、成果として称えている。
  • エネルギーと食料関連に残る補助金(政府支出として$110億にあたる)についても手をつけるようにほのめかしている。
  • 一方で、ネガティブな指標として、2006年の経済成長は10%の目標を大きく下回る4%、失業率は20〜60%、インフレ率は50%を超えると見積もっている。
こういった事態は、すでに10年に及ぶ経済制裁で相当弱っている中低所得層の家計にとどめの一撃を食わしているような気がするが、一家庭における経済不安に対するねぎらいの言葉は全ページにおいて見当たらない。
たしかに、一向に増産体制に移る気配がない状況だ。しかし、世界第2位の原油埋蔵量を誇るオイルリッチカントリーである。担保はある。占領当初に決めた一般的な破綻国家に対する緊縮財政を続ける必要が果たしてあるのか疑問である。
別のレポートではこういう数字がでている。2006年5月に発表されたユニセフとイラク政府の共同調査によると、イラク各地の2万2千世帯を調べた結果15%が月15ドル以下で生活しているという。1日平均60円以下の生活…。しかも、日本のように核家族や一人住まいが多く、子どもが少ない世帯とは訳が違う。
http://topics.kyodo.co.jp/feature01/archives/2006/05/post_1150.html


内戦といっているようなもの
レポートが出されたとき、日本のマスコミは「現実的」であると一様に解説していたが、その前の11月下旬には、アメリカ3大ネットワークのNBCを皮切りに、それまで言うことがはばかれてきた「内戦("civil war")」という言葉をアメリカのマスコミが使い出したことを報道していた。NBCが内戦を言い始めたのは、直接的にはその月の民兵による政府機関立てこもりとその後の大規模誘拐事件に象徴される政治勢力同士の内紛が、手のつけようのないところまで来ていることを内戦以外の言葉で形容しようがなかったからだろうが、もはやそう言ったところで、政治や世論の圧力は限定されると判断したのだろう。この重要なレポートの内容がどういったものになるかを11月下旬にはだいたい知っていただろうから、お墨付きになったのではないか。
実際のレポートでは内戦という言葉は一言も使っていなかったような気がするが、内戦を指す言葉はしっかり明記されている。

  • 第2部の提案38、39では、アメリカは、武装解除、武装組織の解散、兵士の復員の計画を支援するイラク政府や、中立的立場をとる国際的に著名な専門家に対して、対等な立場で彼らを補佐するための専門の部局を設立すべきであるとか、そのための財政や技術支援をすべきであるとしている。また、こらら提言の説明において、米軍は武装解除等には立場上加わることが相応しくないため、国連、とりわけIOM(国際移住機関)と、専門家、経験豊かなNGOに全面的に頼る必要があることに言及している。さて、この「武装解除、武装組織の解散、兵士の復員("disarm, demobilize, reintegrate")」という言葉を最近、他にどこで目にしただろうか?
  • 第1部の「さらに悪化した場合の予想」では、このまま暴力が続くと一層の混迷状態に陥り、民族浄化は激しさを増すかもしれないとある("Ethnic clensing could escalate.")。「増すかもしれない」であって、すでに民族浄化が行われていることを認めている。さて、民族浄化という言葉を最近、他にどこで目にしただろうか?
こういった言葉は、旧ユーゴやシエラレオネやコンゴやルワンダに向けて言われてきたことで、今最も注目されているソマリアは範疇に入るどころかイラクより深刻かもしれない。そして、これらの国で起こった紛争は内戦と呼ばれている。これはもうイラクの現在が、内戦状態であることを言っているに等しい。


キーワードは和解
キーワードは、"reconciliation"「和解、仲直り、調停、融和」 だろう。とにかくよく目にする。武装勢力を力で殲滅しろとは一言も書いていない(ついでにいうと、ブッシュの好きな自由=freedomという言葉も一度も出てこなかったように思う。言葉を慎重に選んでいることが分かる)。治安を安定させるには、まずイラク政権内部での和解、同時にアメリカの武装勢力との、あるいはイラクやシリアとの和解が重要であることを説いている。それなくして具体的手立てとしてのイラク軍とイラク警察(特に後者)の強化、政治勢力同士の抗争の抑制に至らないことを繰り返し述べている。
和解はアメリカ国内にも言えることなのかもしれない。全体を通してブッシュ政権の方針を全面的に否定することで、政治対立に終止符を打ち、分裂した世論を再統合し、採るべき方向に国を向かわせようとする意図が感じられる。
とはいえ、これについては最も重要な増派か撤退かの結論が、たったの2ページでしかないところが気にかかる。考えられる4つの選択肢として、「早急な撤退」「今の路線の継続」「増派」「国家の3分割」をあげており、結局どれも事態を悪化させるだけであって、諸条件を整えた上での段階的撤退しかないことを結論づけているが、ここのところをもっと肉付けするほうが増派という選択肢を阻止するスタンスをより一層明確に打ち出せたはずだ。あえてそうしなかったのは、何か意図や配慮があるような気がする。


胡散臭さを感じるところも
スタンスといえば、責任転嫁の嫌らしさをところどころに感じる。"reconciliation"と同じぐらい沢山目にするは"support"「支持する、援助する、支える」である。一貫してあくまで主役はイラク政府やイラク人であって、アメリカは脇役であり、支配しにきたわけではないことを明言。政府内の対立が元凶の大きな泉であることを読者に理解させている。そして、マリキ政権には、しっかりしないと撤退するぞと脅している。
イラク人のリーダーがある意味無能であることは議論の余地がないだろう。しかし、「アメリカが胸をはって言うことかよ(・_・);」と私なんかは、ついつい思ってしまう。開戦の目的と豪語した民主化なんて全くとってつけたような理由なんだし、そのいい加減さが、結局のところマリキ政権に反映されていると思えてならないのだ。

関連リンク:
萬晩報(イラク研究グループ報告書)・・・ポイントを列挙。79項目の提案・勧告のタイトルが和訳されている。
イラク関連の洋書。日本の出版物には見られない濃い内容のものも。
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